白血球遊走分子制御機構および創薬開発に関する研究
〜動きのメカニズムを解明し、コントロールして病気を治す

文責: 寺島 裕也(TERASHIMA, Yuya)
Last Update: 2008.07.25
■はじめに
白血球遊走とは、炎症時に分泌されるケモカイン/サイトカイン、生理活性脂質などの遊走因子の刺激を受け、白血球が血管内から組織内に浸潤し、迅速に炎症局所へ移動・集積する現象です。白血球遊走は生体を防御する免疫機構に必須な現象であるとともに、動脈硬化症、関節リウマチ、感染症などの様々な疾患の発症にも密接に関係しています。私たちのチームでは、当研究室で発見した新規ケモカイン受容体会合分子「フロント」にフォーカスした白血球遊走の分子メカニズムに関する基礎研究と、そこから得られた知見を活かした慢性炎症性疾患を治療する新薬の候補物質を探索する創薬開発研究を行っています。これらの研究は、熊本大学寺沢宏明教授のグループ東京大学嶋田一夫教授のグループ、ならびに企業との共同研究で行っています。


■基礎研究〜白血球遊走メカニズムの解明
白血球遊走メカニズム解明の新たな切り口
ケモカイン受容体の細胞膜近傍C末端領域(Pro-C)を欠損させるとケモカインによる白血球遊走に障害がでることから、この領域が細胞遊走に重要な働きをしていると考えられてきました。しかしながらこの領域が具体的に何をしているのかは不明でした。私たちはこの領域に細胞遊走機構のカギとなる未知の分子が結合すると考え、ケモカイン受容体CCR2(松島教授により発見されたケモカイン、CCL2/MCP-1の受容体)を標的としてその分子の探索を行いました。CCR2はマクロファージや樹状細胞、活性化T細胞などに発現し、炎症時のこれらの白血球の動きを制御しています。私たちはCCR2のPro-C領域に結合し、かつ細胞遊走を促進する作用をもつ新規分子を発見し、「フロント(FROUNT)」と名付けました(Terashima, et al. Nat. Immunol. 6: 827, 2005)。

白血球遊走を制御する分子フロント
生体内では、白血球は非常に希薄なケモカイン濃度勾配を感知して炎症局所に移動していると考えられます(図1)。濃度勾配を感知した細胞では遊走細胞に特徴的な前後の極性をもった形態をとりますが、これに先立って細胞内の細胞骨格を制御する分子配置に極性が生じています。細胞先導端にはPI3Kが局在し、細胞骨格制御の実効分子のひとつであるPIP3を産生します。しかし、ケモカイン受容体の細胞表面における均一な分布とPI3Kの局在との間にはギャップがあり、分子配置の極性を誘導する初期シグナル機構はまだ完全にはわかっていません。私たちはフロントとPI3Kの関わりを解析し、フロントがPI3Kの局在制御に関わり、細胞遊走を促進することを明らかにしました(図2)。現在、白血球遊走におけるフロントの役割、相互作用様式、周辺分子についてさらに解析しています。


図1 ケモカイン刺激依存的な白血球遊走像

図2 白血球遊走を制御する「フロント」



白血球遊走に重力は必要か?
長期間、微小重力状態におかれた宇宙飛行士では免疫機構が低下することが報告されています。しかしながら微小重力環境が白血球遊走に及ぼす影響は明らかになっていません。それは微小重力環境で白血球遊走を測定する実験システムがこれまで存在していなかったためです。私たちは新たに開発されたTAXIScan技術を活用して、航空機実験、3Dクリノスタット実験、加重力実験を実施しています。これを通して“地球上での白血球遊走現象に地球重力という環境因子の関与が必要か?”という医学・生物学上の根元的な疑問に明確な回答を得たいと考えています。この研究には東京大学浅島誠教授のグループのご協力をいただいております。


■創薬開発研究〜「フロント」を標的とした新たな抗炎症剤の開発
フロントの特性として、動物種間で高度に保存されていること、ならびに特定のケモカイン受容体(CCR2)に特異的に作用することが挙げられます。これは創薬のターゲットとして大きなメリットです。

炎症性疾患の治療薬として、炎症の原因となる白血球の遊走を媒介するケモカインの作用を阻害する薬の開発が世界中で行われています。その多くがケモカインとケモカイン受容体の結合を阻害するものですが、ケモカイン受容体の細胞外領域は種差が大きいために開発段階において実験動物では効果があっても臨床試験では効果が得られない、副作用が大きいといった問題があり、現在まで開発はほとんど成功していません。私たちは、フロントはこうした潜在的な問題を払拭する新しい炎症性疾患治療薬のターゲットであると考え、フロントの機能を阻害する候補物質の探索を行っています。