メモリーCTLプロジェクト

文責: 倉知 慎(KURACHI, Makoto)
Last Update: 18 Jul. 2008
■はじめに
個体は一度侵入 (感染)を受けた病原体を「記憶」していて、同一病原体の再感染時には初回より遙かに効率よく排除します。この現象を「免疫記憶(immunologic memory)」といいます。「免疫記憶」は、「自己・非自己認識」とともに免疫システムの二大特徴とされ、ワクチンに応用されて感染症との闘いにおいて人類福祉に最大級の貢献を果たしています。

しかし「免疫記憶」にはまだまだ謎が多く残されていて、「どのような細胞が将来、免疫記憶細胞になって個体を守るのか」といったことさえはっきりしていません。その理由として、1)免疫記憶の樹立に時間がかかること(典型的な場合、安定したmemory細胞の樹立に数週間かかる)、2)memory細胞特異的な分子マーカーの欠如 (少数の遺伝子だけでは完全に説明できない)、3)in vitro実験系では免疫記憶細胞の樹立が困難(単にT細胞/B細胞だけではなく、広範な細胞群の精緻なネットワークにより形成されるものと想定される)、などがあげられます。

私達は、免疫学に残された大きな謎のひとつである「免疫記憶の樹立と維持」に関して、マウスモデルを駆使して研究を進めています。


■基本的な経時応答とTEM&TCM概念
免疫記憶は細胞性免疫(T細胞)と液性免疫(B細胞)から構成されます。ここではT細胞のうち、CD8陽性T細胞 (細胞傷害性T細胞; CTL)について話を進めます。典型的な急性感染症では、ナイーブCD8陽性T細胞は抗原提示細胞から抗原を提示されると24時間目以降から爆発的な分裂増殖期(expansion期)に入り、多数のエフェクター細胞を産出します (図1)。エフェクター細胞は非自己抗原を発現している細胞を認識排除した後、大半が死滅しますが(contraction期)、応答ピーク時の細胞数の一定数 (5〜10%程度)がメモリーCTLとして残存し、長期にわたって個体内で維持されます。メモリーCTLは、二次リンパ組織への遊走に大きく関与するホーミング分子CD62L (L-selectin)とケモカイン受容体CCR7の発現によって、CD62LhiCCR7hiのcentral memory(TCM)とCD62LloCCR7loのeffector memory (TEM)に分類されることが多いです。TCMは再刺激時のサイトカイン即応産生性は乏しい反面分裂能が高く、TEMはその逆でサイトカイン即応産生性は高いけれども分裂能が低いことから、TCMが長期免疫記憶を二次リンパ組織内で担保し、TEMが末梢組織で即応免疫記憶を担うと位置づけられています。この分類はメモリーCTLを組織的な分布と関連づけることでわかりやすく区別できることから、現時点ではよく用いられています。しかし、他の活性化、成熟化、遊走分子マーカーおよびサイトカイン産生性の組み合わせから見ると、実際のメモリーCTLは非常に多様性に富んでおり、TCM/TEMのみで分類することはいささか古典的で単純化しすぎているとも考えられます。





図1 典型的な急性感染症応答では、経時的にナイーブ→エフェクター→メモリー状態へと推移する。メモリーCTLは、CD62LとCCR7の発現によってTEMとTCMに分類され、主として解剖学的局在が主題となることが多い。


■メモリーCTL維持に"新参"CTLが重要な役割を果たす
このように複数のサブセットが存在するメモリーCTLについて、私達は「感染応答 (抗原)経験回数」という新しい視点から解析しました。個体生涯レベルでの抗原特異的CTLの興亡(維持機構)を明らかにするために、CTLの一次応答に着目し、マウス複次感染モデルにおいて同一抗原特異的CD8T細胞集団の消長を解析しました。その結果、同一病原体(抗原)の感染を繰り返す個体環境において、感染のたびに新規に誘導される一次応答が、抗原特異的CTL応答全体に量的 (抗原特異的CTL数)にも質的(クローン多様性)にも大きな役割を果たしていることを明らかにしました。大変興味深いことに、後続のより新参メモリーCTL集団(図2の赤色)がいずれ古参メモリーCTL集団(同、青色)を量的に凌駕することが示され、最初に樹立されたメモリーCTL集団が必ずしも半永久的に免疫応答の多数を占め続けるわけではないことが明らかとなりました。これはある特定の抗原に対する抗原特異的CTLに限定しても、メモリーCTLがprimingの時期からして異なる様々な集団で構成されていることを示しており、より一般化すれば抗原特異的CTLが樹立当初のクローンが永続的にexpansionとcontractionを繰り返すと受け止められてきた通説を覆し、メモリーCTLの分類及び維持に新しい概念を導入することができたと言えるでしょう(Kurachi, M. et al. Int. Immunol. 19:105-115, 2007)。私達は、複次感染に際して個体レベルでは異なるメモリーCTLサブセットが異なる組織分布をしており、抗原特異的CTLの反復応答は両者の総和として捉えることができると考えています。




図2 一次応答で形成された一次メモリーCTLは、二次感染時に二次応答により迅速かつ強力に分裂して応答の主体を形成する。二次応答時と同時に一次応答により一次メモリーが形成され、二次感染終了後個体内には二次メモリーと一次メモリーが共存する。さらなる感染応答(三次感染)では、直近に形成されたメモリーが応答の主体をなす。このモデルでは、メモリーCTLは感染応答経験回数によって分類が可能であり、メモリーCTL群は感染応答毎に新しいクローンが加わって「若返り」し、細胞集団全体として分裂応答能が維持される。


■当教室におけるMemory CTL研究の方向性
引き続き、メモリーCTLの樹立と維持について、

[1] メモリーCTLの分化と老化
[2] ケモカイン・ケモカイン受容体及び解剖組織学的な局在が果たす役割


という観点から研究を続けています。このような研究を通じて、私達は個体レベルでの解析を通して初めて観察し得る「高次システムとしての免疫学の研究」を展開していきたいと考えています。