組織細胞の炎症・免疫学(線維症、GVHDの分子・細胞基盤)




文責: 上羽 悟史(UEHA, Satoshi)
Last Update: 7 Jun. 2013
■はじめに
炎症・免疫学は、生体防御システムとしての免疫系の動作原理と形成・維持機構の解明から炎症・免疫関連疾患の克服を目指す学問として発展してきました。その過程では、主要組織適合抗原MHCの発見による自己と非自己の認識機構、T細胞およびB細胞受容体における遺伝子再構成とクローン選択機構の発見による外来抗原に対する反応多様性と自己免疫寛容維持の両立、そして炎症、免疫反応を媒介するサイトカイン、ケモカインをはじめとした炎症・免疫メディエータの同定がなされてきました。近年では、IL-6, TNFa, IL-17をはじめとする種々の炎症性サイトカインを標的とした分子標的療法が、炎症・免疫疾患の治療に大きな成果を上げ、免疫学の成果が社会へと還元される時代になってきました。

一方で、これらの治療に不応性の難治性炎症・免疫疾患も数多く存在しており、疾患の媒介因子と考えられる種々の血球系免疫担当細胞や、炎症・免疫媒介因子の詳細が分子、遺伝子制御レベルで解明された現在においても、克服の糸口がつかめていません。私たちは、疾患の本質を臓器機能(肺:呼吸、腎:血漿交換、肝:代謝etc、腸:吸収など)を司る組織細胞(上皮、間葉系、内皮)間ネットワークの恒常性破綻ととらえ、各種炎症・免疫疾患の発症過程における組織細胞集団の動態を、時空間的な視点からシングルセルレベルの解像度で解析することで、新たな治療戦略を見いだしたいと考えています。さらに、組織細胞の恒常性破綻の分子・細胞機序についても、近年のDNAシークエンス技術および個体レベルでの遺伝子操作技術の進歩をとりいれ、新たな治療標的の同定を試みたいと考えています。


1.肺線維化の分子・細胞基盤
臓器線維化は、I型コラーゲン (Col I)を主体とする細胞外基質(ECM)が臓器に過剰沈着し、重篤な臓器の機能不全をもたらす進行性かつ不可逆性の難治性疾患です。薬剤、外来性異物、感染症や自己免疫などを原因とする慢性炎症の過程で繰り返される組織傷害と修復の終末像と考えられていますが、一方で抗炎症剤が奏功しない症例も多く、予防・治療法ならびに病態形成機序は確立していません。私たちは、Col IなどのECMを大量に産生することで線維化に決定的な役割を果たしている線維芽細胞、とりわけ線維化の過程で顕著に増加する筋線維芽細胞を重要な治療標的と考え、線維芽細胞を特異的に検出するレポーターマウスでbleomycine誘導マウス肺線維症モデルを作成し、その起源と動態を明らかにしました。これまでの解析で、線維化過程において線維芽細胞は、数的に増加するのでは無く、turnoverの亢進と1細胞あたりのECM産生量を増加させることで、線維化の病理像をもたらしていることが明らかになってきました。また、正常肺および複数の肺線維症モデルの線維化肺から調整した線維芽細胞について、次世代DNAシークエンサーを用いたtranscriptome, epigenome解析を行い、線維化に共通する分子動態ならびにその転写、epigenetic制御の解明を進めています。これらの情報に基づき、in vitro, in vivoでの治療標的の検証、マウス線維症モデルでの治療実験ならびに臨床サンプルでの検証を行い、ヒト線維化疾患の予防・治療への応用を目指しています。



2.GVHDにおける組織障害機序
同種造血幹細胞移植(Allo-HSCT)は、造血器腫瘍や骨髄不全の患者を対象として行う、大量化学療法と移植片対腫瘍効果による根治を狙った強力な免疫細胞療法です。一方で、強力な治療効果と表裏一体として現れる同種免疫による合併症、移植片対宿主病(graft-versus host disease: GVHD)は今なお克服すべき課題として残っています。GVHDは発症時期によって急性、慢性に大別されます。1980年代に入り、組織適合抗原(MHC)を介する非自己認識機構の発見によりMHC一致移植が定着し、また免疫抑制剤の使用法が確立することで、急性GVHDの予防に関しては大きな進歩がありました。加えて、急性GVHDに対する分子標的療法も国内外で精力的に研究されており、当研究室でもマウスallo-HSCTモデルを用いて急性GVHD発症過程におけるT細胞動態と分子制御を解析する中で、細胞遊走制御因子ケモカインおよび接着因子の阻害が急性GVHDの予防、治療に有効であることを明らかにしてきました(JCI 1999, Nat Immunol 2005, J. Leuk Biol 2007)。最近では、GVHDとともにallo-HSCT患者の生命予後を脅かす移植後の免疫不全機序、ならびに慢性GVHDにおける病的T細胞の起源と活性化維持、そして組織障害機序についての解析を進めています。

2-1.移植後の免疫不全機序:骨髄GVHDとリンパ節GVHD
骨髄移植後の免疫不全に起因して遷延する感染症は、移植関連死の約3割を占める重大な問題であるにも関わらず、免疫グロブリン製剤や抗生剤の投与といった対症療法に依存せざるを得ないのが現状であり、移植後免疫不全の発症機序解明と予防・治療法の確立が急務の課題です。当研究室では、臨床的にGVHDの重症度と免疫不全が強い相関性を示すことを発端に、マウスallo-HSCTモデルを用いてGVHDが免疫再構築に及ぼす影響を詳細に解析した結果、骨芽細胞などの造血ニッチ(血球系細胞の増殖・分化因子を提供する微小環境)がCD4 T細胞により障害されることで、造血再構築、とくにリンパ球系の再構築が重度に抑制されることを明らかにし、骨髄GVHDという新規概念として提唱しました(Shono Y, et al. Blood 2010)。現在、CD4 T細胞依存的な骨芽細胞の障害機序として、1)細胞死の誘導、2)間葉系幹細胞からの分化抑制、3)増殖抑制、を想定し、細胞死、細胞周期の蛍光レポーターシステムを用いたin vitro, in vivoの解析を行っています。また、transcriptome解析から得られた骨髄GVHDのエフェクター分子候補についても、遺伝子改変マウスを用いて骨髄GVHDへの関与を検証しています。

一方、GVHD発症レシピエントでは、リンパ球の再構築後もリンパ組織障害により液性免疫不全が遷延します。特に、リンパ球再構築後も液性免疫不全が遷延するマウスでは、液性免疫誘導に中心的な役割を果たすリンパ節が重度かつ不可逆的に萎縮していることを見出した(リンパ節GVHD)。当研究室では、これまでGVHDの標的臓器として重要視されていなかったリンパ節に着目し、GVHDによるリンパ節障害の詳細を免疫学的、組織学的、機能的に解明するとともに、病態形成の細胞・分子機序を解明し、移植後免疫不全の予防・治療法開発へつなげたいと考えています。

2-2.慢性GVHDの分子・細胞基盤
急性GVHDに比較し、慢性GVHDに関してはその病態ならびに発症機序について未解明な点が多く、免疫学的、臨床的にも大きな課題として残されています。慢性GVHDは通常移植後100日以降に皮膚、肝臓、肺、造血組織など多臓器に渡って自己免疫疾患に類似した病態を示し、最終的に線維化を伴う臓器障害をもたらします。慢性GVHD の病態形成過程には、“自己反応性メモリーT細胞の寛容・長期維持機構”、“炎症条件下におけるT細胞の胸腺分化異常”、“自己反応性T細胞による組織細胞障害機構”、という免疫学的重要課題が複合的に作用していると考えられます。これらの重要課題に対して、当研究室が持つGVHDモデル、メモリーT細胞応答解析、レポーターマウスを用いた炎症疾患における組織細胞の動態解析、次世代DNAシークエンサーを用いたtranscriptome解析などの研究基盤を駆使して、細胞・分子基盤の確立を試みています。慢性病態の形成過程を、エフェクターとターゲットの両面から経時的かつシングルセルレベルで解析し、得られた情報を統合することで、断片的な現象の記述にとどまっていた慢性GVHDの免疫生物学についての理解を進め、慢性GVHDの早期診断・治療法開発につなげたいと考えています。


■炎症にともなうリンパ節構造の再構築とその免疫学的意義の解明
リンパ節は、全身のいかなる部位から侵入した抗原に対しても即時応答可能となるよう、全身の様々な場所に戦略的に配置されているリンパ器官です。全身に張り巡らされたリンパ管を通ってリンパ節に抗原が流入すると、抗原を獲得したDCをはじめとする抗原提示細胞が中心となってその抗原に対する応答(排除ないし寛容)を決定します。抗原の排除に伴う炎症状態では、リンパ節内に存在するリンパ球による獲得免疫応答が誘導されます。この時、リンパ節の構造は極めてダイナミックな変化を示し、リンパ球の増殖やエフェクター、メモリー細胞への分化などを支持すると考えられています(e.g. リンパ濾胞における胚中心の形成、リンパ節構造の支持体である上皮系細胞の増殖など)。しかしながら、リンパ節内への抗原の流入経路や、炎症に伴うリンパ節構造の再構築が一連の免疫応答の流れにおいて担う役割については、未だ不明な点が多く残されています。私達は、炎症に伴って再構築されたリンパ節における白血球動態(リンパ節への出入り、リンパ節内での遊走)を基軸として、以下の2つについて感染症や腫瘍など様々なモデルを用いた個体レベルでの解析を進めています。

[1] リンパ節構造の再構築を制御する分子・細胞の同定
[2] 再構築されたリンパ節構造体における免疫応答の実体の解明